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18年軟禁された女性、自立探る今 福岡

そういえばこういう事件あったな・・と遠い記憶が蘇ってきました。

事件が発覚したのが2005年。母親から虐待を受け一度も小中学校に通わせてもらえないまま18歳まで福岡市の自宅に軟禁されていた女性。警察に保護された当時、身長122センチ・体重22キロだったそうで・・ここだけ見ても衝撃ですよね。

 

『咲来さんは、母親によって18歳まで福岡市博多区団地の一室に閉じ込められ、一日も小中学校に通わせてもらえなかった。もちろん高校にも行っていない。留守番中にテレビを勝手に見たという理由で顔や背中などを殴られたのをきっかけに、05年11月、自宅を飛び出して警察に保護され、母親が傷害容疑で逮捕されたことで事件が公になった。なぜ18歳になるまで家から出してもらえず、周囲も気づかなかったのか。マスコミの報道は過熱した。

 

毎日新聞は当時、就学させなかった理由として、母親の「障害による発達の遅れが恥ずかしく、外に出すと迷惑がかかると思った」という言葉を報じていた。母親は専業主婦。父親も同居していたが、兄と姉は既に独立していた。

 

「二度と同じような子どもを生んでほしくない」

 

母親は保護責任者遺棄など日常的な虐待の罪に問われることはなく、咲来さんに10日間のけがをさせたとして、傷害罪で罰金10万円の略式命令を受けただけで釈放された。事件を受け、有識者でつくる検討委員会は、なぜ周囲が気づかなかったのかなど問題点を検証し、福岡市と福岡市教委に報告書を提出した。

 

15ページにわたる報告書によると、学校と市教委や児童相談所は、咲来さんを不就学児童と認識しつつ、虐待の危険性を低いと判断していた。再発防止を呼びかけてはいるが、周囲の大人の証言が基になった報告書には、咲来さんがどのような状況で生き延び、本人がどう感じていたかは記されていない。母親が就学させなかった理由とした「障害」が事実かどうかも触れられていない。

 

咲来さんは今もこの報告書を大切に保管している。「私が保護されたとき、私に障害があるかのような親の言い分だけが報道され、本当に悔しかった。取材に応じるのは二度と同じような子どもを生んでほしくないからです」。そして、報告書に記されていない過酷な体験を話し始めた。』

 

この事件のことを採り上げてみようと思ったのは福岡での事件というのもありますが・・風俗で働く女性たちと接するようになってーー虐待とまでは言ってはいけないのかも知れないけれどーー彼女たちから「毒親」という言葉を聞く機会がとにかく多いんですね。親の愛情を受けずに育った(と自分自身が完全にそう思い込んでしまっている)女の子、一人や二人じゃないです。上記の咲来美波(さくらい・みなみ)さん、こんなこともおっしゃっているんですね。

 

意を決し、自宅から逃げ出してからの15年は社会になじめず、苦労の連続だった。20歳から生活保護を受け、1人暮らしを始めたが、学校に通わせてもらえず他人と関わった経験がほとんどないためコミュニケーションの取り方が分からず、人間関係に悩んだ。また、家族や保証人がいないことで希望の仕事にも就けなかった。「私の経験を聞くと相手の顔色が変わり、腫れ物のように見られるのがつらかった」と声を詰まらせた。』本当に色々と考えさせられます。

 

mainichi.jp